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ミクロ・マジック・・・乗ったとたんに自然に動きだすこどもたち
軽い力で行きたいところへ!こどもたちの笑顔がいっぱい

「はるくん もうすぐ1年生」 〜はるくんママからのお便りです!〜

お久しぶりです。はるくんはますますパワーアップしてもうすぐ一年生。
いつも鉄道とお笑い系に夢中。体重も22kgになりました。
抱っこの時には、わざと腕を離して頭を床の方に下げ、そこからグイーっと上肢を起こす「腹筋!」も余裕に。
ジュースやお茶を、腹筋しながら1口ずつ飲んだりします。
パンちゃんで後ろ向きに近づいてきてはスラロームとターンでかわし、病院のエレベーターで電車の扉ごっこ、
作業療法では電車パズルと電車ごっこ・・・はるくんの笑い声に、普段表情がかたいお友達までつられて笑顔になります。
パンちゃんは一層注目度アップで、『元気なコが走り回ってる、青い小さな車椅子は何?』っていう問い合わせが病院まで来るそうです。
はるくんの生活史は楽しい出来事や思い出に多々彩られるようになりました。
どれだけ、パンちゃんが貢献してくれたことか・・・!!
バンビーノに乗り換える準備をしていますが、ミクロとの思い出や愛着がありすぎて^^
成長が嬉しくもアリ、寂しくもアリ・・・です。
今日もはるくんはミクロと共に、ガオガオ雄叫びあげてお散歩しています。
こどもは風のコ、ですね!
抱っこしても胸板や腕の厚みのムキムキぶりに驚くばかりです。
歩行器で歩く時には体を浮かせて腕を鍛え上げ、家ではチューブを引っ張り(サスケの影響・・・?)元気いっぱいです。



Microユーザ

Avaちゃん(アメリカ)

Ava(エヴァ)ちゃん(Microユーザ)
Ava Mclinちゃん(2歳) はじめてのミクロ
Avaものがたり

Avaは2005年夏生まれ、RandyとAnja Mclin夫妻の自慢の娘です。
Avaは私たち家族にとって恩恵であり、何年もの間その誕生を待ち焦がれていました。赤ちゃんの時はよく笑い、聡明で、会いに来る人皆の心を和ませていました。
2006年6月、AvaはSMA(脊髄性筋萎縮症2型:脊髄の運動神経細胞の病変によって起こる神経原性の筋萎縮症)と診断されました。
この病気は筋肉に信号を送る神経が働かなくなることによるもので、信号を送られなくなった筋肉は衰えしだいに死滅し筋委縮が起こります。
Avaが診断されて以来、私たちは回復に望みをかけ、筋委縮の進行を抑えるためにあらゆる手を尽くしています。
彼女は、現在ハイドロキシウレア(白血病治療薬)を処方され、スタンフォード大学で検査を受けながらがんばっています。

<Avaちゃんのお父様より、パンテーラ・ジャパンへのメッセージ>
パンテーラの車椅子は本当にAvaの助けになっています。
今では自由に家の中を動き回っています。
それもミクロのたぐいまれな軽さのおかげです。
パンテーラの車椅子は、筋力の弱い子供たちにとって、すばらしい製品といえるでしょう。

(ご両親から掲載の許可をいただいております)
(「FriendsOfAva.com(ブログ)」のAVa's story より)






Microユーザ

はるくん(茨城県)

はるくん2004年2月。
ポカポカ陽気のある日・・・春の予定日を待ちきれずに生まれた息子と対面しました。
妊娠8ヵ月でした。
保育器の中、たくさんのチューブやピコピコ機械とモニターに囲まれて育ちました。
生まれてすぐ体重が200グラム以上減って、1200グラムになり・・・生後数日で、脳に大きな出血がありました。
2ヶ月半の入院中は毎日、一日二回の面会に母乳を届け、抱っこをし、お世話の練習。
オムツ交換も親指と人差し指で息子のお尻が楽々持ち上がるような極低出生体重児でした。
将来どんな発達をするか後遺症が出るのか、当時の医師でもわかりませんでした。
ついた病名は脳質周囲白質軟化症。水頭症もありました。

早く小さく産まれた赤ちゃんを助ける、肺への薬が登場して飛躍的に救命率が上がってのち、増えたと言われる病気です。脳性まひの主要原因疾患のひとつとも言われています。同じ脳質周囲白質軟化症のこどもでも、症状やまひの程度はみな違うのです。

しょうがいがあってもなくても、そのままありのままのはるが好きなんだからね。ママは介助の仕事をしていたし、自立生活思想のことも、補装具のことも病気のことも、知ってるよ。
どんなことがあっても楽しくやっていこうね。
はる、ママにしてくれてありがとう!
はるは、とってもラッキーだよ!

妊娠が分かってから毎日綴っている成長記録と日記には、当時こう記しています。

NICUを退院してからも、呼吸器を数日間つけた影響で気管支が弱いのです。風邪にかかりやすく、悪化しやすく、胃腸も弱くて、ハラハラするイベント・・・小児科入院という季節ごとの「お礼参り」は欠かせませんでした。
筋力もなかなかつかず、ズリバイやハイハイができなくて、理学療法を1歳過ぎた頃から開始しました。

2年前にHPでミクロを見つけたとき、
こどもの力を信じて伸ばせる!そう直感しました。
しかし当時の息子は体力能力面の厳しさと直面していて、ましてや自走型の車いすの導入となると、病院で口に出しただけで、周囲からは否定的な意見しか聞こえませんでした。

その頃病院のPTというと、ハイハイを習得させるために嫌がる息子のお腹にバスタオルを当てて吊り上げたり、こどもの興味関心を満足しえない「訓練」・・・本人はもとより親である私も気乗りせずに単位時間終了・・・も度々ありました。
ハイハイが出来るようになると、「訓練」を嫌がる息子は療法室から逃げ出そうとします。
すると「ハイハイだけなら家でもできるよ、何しにきてるの?」
そう声をかけられたこともありました。

息子が泣き叫ぶのを切なく思いながら、わが子の機嫌取り。
楽しい遊びと程遠いことをするのは、誰だって嫌なはずです。
こどもがイヤだと思っている「訓練」を、「頑張って」とは言えませんでした。
時として息子のストレスはパニックとなって現れたこともありました。

体の発達に必要な動きを助けること以上に、こころの成長発達の大切さにもっと目を向けていきたい。
・・・月日が経ち、能力向上も見られましたが、歩行器の使用も介助歩行も、バギーでの移動も、大人が介在する‘受動的’な移動手段にすぎません。
ママと前後に並んで移動させられたり、大人の都合につき合わされて移動するだけって、楽しくないだろうな・・・そう思いながら日々過ごしていました。
自分に自信を持って、楽しく過ごして欲しい・・・
親の私も、こどもと並んで歩きたい、追いかけっこしたい!

 《きっと、ミクロなら可能になる!》

パンテーラ・ジャパンに連絡を取りデモを依頼、さっそく手配してもらいました。

そしてミクロとの初対面の日。息子の人生が大きく変わる、忘れられない日となりました。
息子の表情が瞬く間に笑顔になって、私の期待と予想以上に、楽しんでくれたのです。
「くるま!」「かっこいい!」
乗り物好きの息子のハートは、あっという間にミクロに釘付けでした!
誰に教わるでもなくぐんぐんこぎだしました。
自然に前に後ろに乗り降りもでき、こんなにすぐに使いこなせるなんて!
「パンちゃん」といっしょに遊んで、体もたくましく丈夫になりました。

 自転車に乗れなくても、ひとりで立って歩けなくても、「できる」事がいっぱいある。
私だって息子が得意げに走り回って遊ぶ姿を、追いかけていける。
ミクロを入手しようと決心しました。
特例補装具の申請という壁と、「車いすは学齢期からでしょ、まだ早いよ」という周囲の先入観。
私は息子の笑顔とやる気を尊重すべく、親として出来る限りの交渉を続けました。
そして無事、かわいいミクロを入手することができました。
ミクロで遊ぶ息子の姿が、周りを変えていってくれたのです。

「パンちゃん」とともにひろがる息子の世界を、これから私もいっしょに楽しみたいと思っています。

文・はるくんのママ

 

Microユーザ
「はるくんのパンちゃん」全文をご紹介します!

【はるくんのパンちゃん】


はるくんは乗り物が大好きな3歳の男の子。
いつもはママに手伝ってもらって歩く練習をしたり、おでかけの時はバギーに乗っています。
そのはるくんがはじめてミクロに出会いました。
ブレーキもない、ハンドリムもない、押し手もついてない、青い車いす。とても軽い車いす。
病院でもだれも見たことない小さな小さな車いすです。
セラピストさんは心配して「あぶないよ。まだ乗れないよ」といいました。
ママははるくんに言いました。 「ほら、みてみて!はるくん!」
はるくんはミクロを見たとたんにこにこ笑って「くるま!」「かっこいい!」

いすにのせてもらって、おなかにベルトをまいてもらいました。
さあどうなるだろう?  ママが「カッコイイね!」と、手をはなしたとたん・・・

誰にも教わらないで、はるくんは黒いタイヤに両手をのせて前にぐるんとまわしました。
するとミクロははるくんをのせてすいっと前に走り出しました。

それからのはるくんは自由自在、Uターンしたり、ドアをあけたり、乗ったり降りたりもできるようになりました。くるくるまわってママと踊ることだってできました。
こういうことをみんな、誰にも教わらないでできたのです。
病院のセラピストさんも看護師さんも先生もビックリ!市役所の人たちまでビックリしました。
そしてみんな、喜んでくれました。はるくんがいちばん嬉しそうです。

毎日長い距離をミクロでこぐようになって、はるくんはみるみるうちにたくましくなってきました。
腕が強くなり、肩が強くなり、胸が厚くなりました。よく食べるようになり、よく眠るようになり、次の日はもっと元気にたくさん走れるようになりました。
もともと元気なはるくんでしたが、もっともっと楽しく元気になりました。
体を強くするぴったりのやりかたが見つかったのです!
おうちに帰るとはるくんは、ミクロで遊びました。
大好きな電車と一緒にミクロをならべれば、はるくんはほんものの運転手さんです。

ある晩、ママがはるくんの寝顔を見に行くと、はるくんはミクロと一緒に眠っていました。
玄関に置いてあったミクロをわざわざ持ってきて、自分のとなりにならべていたのでした。
はるくんは自分の気持ちをじゅうぶんにことばにするのは少し苦手ですが、はるくんの気持ちとてもよくわかりますね。

はるくんはミクロを「パンちゃん」と呼んでいます。
それからのはるくんはいつもパンちゃんと一緒です。
雨の日だって、がたがたの砂利道だって、坂道だって大丈夫。ミクロに乗ればはるくんは自分の力で自分の行きたいところに行けるのです。
ママに向かって走っていくことだってできるんです。
パンちゃんといっしょに!




Bambinoユーザ

榎田葉月ちゃん(宮崎県)

榎田葉月ちゃん(Bambinoユーザ)パンテーラを使う前は、バギーを使用していましたが、 長時間乗せていると体をくねらせ退屈そうな感じでした。

パンテーラにお友達が乗っているのを見て、 はじめて試乗させてもらいました。

本人もすぐ"乗りたい"と言い、 乗ってみると、とても軽いので初めてなのに、 スイスイ動き、しばらく遊んで 降りたがりませんでしたので、 すぐに購入を決めました。

今ではゆっくりですが、自分の行きたいところへ行けますし、広い場所があると利き手の左手だけで 思いっきりタイヤを動かし、くるくる回って 遊んでいます。

榎田葉月ちゃん(Bambinoユーザ)何といっても自分の手で行きたいところへいける!! というのが、嬉しいようです。

この調子だと、遊びながら操作が、 上手になっていきそうです。


文・榎田三紀(母)

榎田葉月ちゃん(Bambinoユーザ)


Bambinoユーザ

橋口侑果ちゃん(宮崎県)

橋口侑果ちゃん(Bambinoユーザ)いままで侑果が乗っていた車いすは国産の6輪車。
やっとの思いで動かしているという感じでした。
そして、それが当たり前と疑う由もありませんでした。
どちらかといえば、元気な弟の方が上手に乗りこなして いたようにも思います。

2007年、バンビーノとの出会いがありました。

そこにはバンビーノを軽やかに操っている侑果の姿がありました。

えっ!

その光景を見て思わず目を疑わずにはいられませんでした。
こんなに違うんだ! それは歴然でした。

橋口侑果ちゃん(Bambinoユーザ)迷うことなく決断。

それからは、バンビーノは彼女の足となり、
その行動範囲はどんどんと大きく広がっています。

来年は小学校に入学。彼女の成長はバンビーノと共に更に進化を遂げることでしょう!


文・橋口 ゆうこ(母)


 

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